「アルプス展望有料道路」計画・・・美麻村史より

 峰街道は、大町三日町から美麻村湯の海を通り、女生山、真面(まなづら)の上、七通りを通り、信州新町の萩野、小川村の立屋番所をへて、新町と小川・中条村の境の峰を通って、大安寺から善光寺に至る道で、善光寺峰街道と呼んでいた。この路は善光寺と安曇野の重要な交易路として、古くから利用されていた。
 峰街道は川を渡ることもなく、険しい地形も少ない。また獣から身を守ったり、方向を見定めやすいなど、人々は旅の安全のため見通しの利く峰街道を通行していた。
 明治27年に、大町長野線が開通してから、峰街道の利用者は次第に少なくなっていった。それでも明治29年の美麻村議会の記録を見ると、県道掃除費の予算について議論している。「青具通ヲ見ヨ実ニ草茫々タル道ナリト言ハレテハ大ニ村ノ恥辱トモナルニヨリ是非是ハ原案通りニ据置カレタシ」と記している。開通2年後では、まだ峰街道は旅人の魅力ある道で、県道大町長野線へすぐに移行しなかった。
 明治33年の郡会は「郡費補助線里規定」を設けた。美麻村関係の里道では、新町通り(蝮坂・大塩・不動沢)・加蔵道(加蔵・青具)・青具道(青具・飯田)・稲尾沢道(稲尾・新行)とともに、峰街道も修築費補助線に加えられている。当時峰街道はまだ大事な路線であった。
 昭和9年4月、長野大町間の前線に乗合自動車が運行されるようになってから、次第に峰街道を通る人が減少していった。
 こうして次第に衰微していった峰街道に、昭和30年代中頃に、再び脚光を当てようとする計画が、沿道の市町村で盛り上がって「アルプス展望有料道路推進協議会」が生まれた。この協議会で発行した「アルプス展望有料道路」(昭和37年5月17日発行)という冊子には、具体的な道路開発計画が記述されている。その要点は次のようである。
「アルプス山脈の峰峰はもちろんのこと、志賀高原・菅平高原・浅間山・遠く新潟県の黒姫・妙高山、さらに富士山など一望に眺める雄大な展望は、まさに信州の屋根としてふさわしい。従来恵まれなかったこの地方にとって、この道路は、観光資源の開発、地域産業開発の大動脈として重要な意義をもっている。
 大町・黒部ルートを通じて富山県に至る最短路線として、将来は幹線道路になる。この道路の起点は、上水内郡小川村高府、中学校南釜蓋地籍で、同村立屋を通り、信州新町萩野地籍を通過して、金毘羅神社から北安曇郡美麻村七通り・真面上(さなずらうえ)・湯の海へ至る旧善光寺峰街道をへて、二重を横断、大町市と美麻村の境・土橋地籍より大町市三日町に至り、県道長野大町線に結ぶ計画であった。
 この間には、金毘羅神社・たばこ岩・尼子山など眺望絶佳の展望台があり、戸隠三院跡・立屋城址など多くの文化財もあり、観光路線として絶好なルートである。
 この計画は、原則として観光路線としての展望に留意し、かつ地籍に散在する集落の住民の利用度を高め、時間的節減を図り、将来の交通量を考慮してできるだけ高度の企画とした」
  この趣旨と計画のもとに「アルプス展望有料道路概算設計書」が添付されている。道路延長22,721m、道路幅員6.5m、工事費9億7,650万3,000円であった。現地調査までしたこの大規模な計画は、諸々の事情で立ち消えとなった。
 昭和61年にこの道路計画が再び浮上して、長野・大町両市を中心に期成同盟会を結成し、早期着工に向けて運動に入ったが、実現にまでは至らなかった(「議会報みあさ」より)
出典:美麻村村史p539~p541

タバコ岩付近空撮 タバコ岩西広場からの北アルプス


■地図はこちらからダウンロードできます。

※玉泉寺~大安寺の地図

※湯の海~中尾口の地図